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北条加蓮さんの母親の話

1: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:23:56 ID:0EE

ある昼下がりのこと。

そろそろ娘が学校から帰ってくる頃だろう、と掃除の手を止め、台所に入ります。

髪を後ろで束ね、手を洗い、エプロンをつけたのちに、冷蔵庫の中を確認します。

買い物の必要はなさそうでした。

今ある食材で作れそうなものをいくつか思い浮かべ、適当に手近なものを取り出して、シンクの上に並べていきます。

さて、娘が帰ってくるまでに手早く作ってしまうとしましょう。


2: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:24:17 ID:0EE

調理を始めて、しばらくして昼食ができあがりました。

簡単なサラダとハンバーグ、そしてお味噌汁。

その完成と同時に、炊飯器がぴぴぴ、と炊けたことを告げます。

これであとは娘を待つのみ。

できあがったそれらをお皿に盛りつけ食卓へと並べました。

ご飯とお味噌汁は娘が来てからよそうとします。


3: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:24:34 ID:0EE

そうして待つこと一時間、未だに娘は帰ってきませんでした。

今日は学校の期末試験最終日。

部活などに所属していない娘は真っ直ぐに帰ってくるはずです。

何かよくないことがあったのやもしれない、と不安が込み上げます。

たまらず食卓を立ち、携帯電話を手に取りました。

娘は幼い頃より体が弱く、よく体調を崩し、入院していた期間も短くはなかったため、悪い想像ばかりが脳裏を駆け巡ります。

もしも何かあったら。

慌てて携帯電話の電話帳を開き、娘の番号をコールします。

数コールの後に、電話はぶつりと切られてしまったようでした。

どうして。

そう思ったのも束の間、玄関の扉がガチャリと音を立てました。


4: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:25:12 ID:0EE

帰ってきた。

玄関へ駆けていくと、ローファーを片足立ちで脱いでいる娘がいました。

「……どうしたの? そんな脂汗浮かべて」

怪訝そうな顔でこちらを見る娘を見て、ほっと胸をなでおろします。

「いや、なんでもないわ。加蓮、今日は遅かったわね」

「……ん? んー。……うん。ごめん」

どこか歯切れ悪く、答える娘に少し違和感を覚えましたが、それよりも先に娘が口を開きます。

「それよりさ、ただいま。今日のご飯もしかしてハンバーグ?」

娘から先に「ただいま」を言われる、ということ自体が珍しいだけでなく、ご飯を楽しみにしてくれているということも驚きです。

私は少々面喰ってしまい「え、ええ。手、洗ってらっしゃい」と返すばかりでした。


5: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:25:37 ID:0EE

娘が洗面所に行くのを見届け、私は台所に戻ります。

娘と私の分のお椀にご飯とお味噌汁をよそって、ハンバーグを温め直します。

その途中で、娘は私の隣に寄ってきて「手伝うよ」と言いました。

今まで、これほどまでに積極的な娘は見たことがありません。

薄気味の悪さも覚えるほどです。

いつもなら、そそくさと自室へ戻り制服を脱いでから食卓に着き、これといった会話もないまま食事を終えてもおかしくはないのです。

それが今日は何故か、上機嫌なようなのでした。

ですが、母親としてこれは喜ぶべきなのだろうとも思います。

娘が学校に何か楽しさをようやく見出せたのかもしれません。

それはそれは、願ってもないことです。

などと、まだ何も聞かされていないのに、目頭が熱くなる私なのでした。


6: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:25:55 ID:0EE

温め直したハンバーグを食卓に運び、娘と二人で「いただきます」をします。

私は箸を手に取るのを忘れ、娘がハンバーグを口に運ぶさまをまじまじと眺めてしまいます。

「んー。おいし。ごめんね、お母さん。私待ってたんだよね……って、お母さんどうしたの?」

にこにことして、ご飯を食べている娘を前に、私は無意識に涙を流していたようでした。

袖で目元を拭い「ちょっとね」と笑顔を作ります。

「何かあった? え、アタシなんかした?」

「加蓮がすごく嬉しそうだったから、お母さんびっくりして。それで、すごく嬉しくて」

「あー……。あー……。そっか、アタシ、嬉しそうに見えるんだ」

言うと、娘は何故か納得したようで、ご飯を食べる手を止めます。

そして、足元に転がしてあったスクールバッグからクリアファイルを取り出しました。

「今日ね。帰るの遅くなったの理由があってさ」

「理由?」

「うん。中、見て」

クリアファイルを手渡され、言葉通り中の書類をぱらぱらとめくります。

どうやら、学校で配布されるプリントではないようでした。

一枚目には長々とした契約に関する事項が書かれており、もしや何かのアルバイトを娘は始めたいのではないか、と見当を付けます。

その見当は間違いである、ということが二枚目をめくったときにわかりました。

私もそれとなく名前を知っている芸能事務所の名前が書類の最上段に踊っていたからです。

「加蓮。これって」

「うん。スカウトされちゃった。アイドルに」


7: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:26:13 ID:0EE

まさかの事態でした。

これをどう受け止めるべきか、逡巡していると娘から「だめ?」という追撃をかけられてしまいました。

もう、腹をくくる他ないのではないか。

何より娘が何かをやりたい、と言い出したことなんて、ほとんどなかったではありませんか。

そんな第一歩を阻むことは私にはできないことのように思われます。

であれば。

「……そうね。加蓮がやりたいなら、お母さんは応援するわ」

覚悟を以て、そして私自身に言い聞かすため、笑顔で答えました。


8: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:26:42 ID:0EE





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





9: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:26:57 ID:0EE

娘がアイドルとなって、我が家にも様々な変化がありました。

中でも、私にとって嬉しい変化はやはり……。

「ただいまー」

このように、私が「おかえりなさい」と言うよりも先に玄関から飛び込んでくる娘の声。

そして「お弁当。ありがとね、おいしかったよ」と台所に持ってきてくれるお弁当箱が空っぽになっていることです。

半分以上中身が入ったまま返ってくることも、ざらにあった以前が嘘であったかのようでした。


10: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:27:49 ID:0EE

台所で夕飯の支度をする私の横で娘が笑って手伝ってくれる。

遠い昔に夢見て、叶わぬものだと諦めた日常は、今ここにありました。

「加蓮それ運んでくれる?」

「うん」

「学校は楽しい?」

聞いてはいけないことであるような気がして、長らく言えずにいた問いが、うっかり口を衝いて出てしまいました。

それを受けて、娘は少し意外そうな顔をして、微笑みます。

「うん。楽しいよ」

「よかった」

これ以上ないくらい、そう思いました。


11: ◆TOYOUsnVr. 2018/09/19(水)00:27:59 ID:0EE

「アイドルになってさ、気が付いたんだけど。たぶんね、気の持ちようなんだよね」

「?」

「どこか乗り切れなかった学校行事とかさ、せっかくの遊びのお誘いとか。思えばバカだったなぁ、って」

「……」

「アイドルになってさ、忙しくなっちゃって、そういうの中々参加できなくなってから気が付くんだもん」

「……加蓮?」

「ほら、体育の授業とかさお母さんいろいろ理由付けて参加しなくてもいいようにしてくれたり、してたでしょ」

「……ええ」

「あれもさ、参加してみたら案外楽しくって。加蓮下手っぴだねー、って笑われるのも、嫌な気はしなくて」

「今思えば、お母さん過保護だったわね……」

「あ、違う違う。そういうことが言いたいんじゃなくてね。きっとアイドルになる前の私は、お母さんに守られてなかったら折れちゃってたと思うから」

「……」

「だからね。ありがと、って言いたくて。……ってなんで泣いてるの?」

けろっとした顔でそんなことを言い放つ娘と、号泣する私。

「おー、よしよし」などと宣いながら、娘は私の頭を撫でて抱き締めてきました。

あとでいろいろとこの娘には抗議したいことが山ほどありましたが、ひとまずは抱き締められてやるとします。




おわり





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