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「我々の願いは、この素敵な道具が叶えてくれる」

2019/08/18 22:47 | その他 | コメント(0)
1: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 19:35:02.95 ID:All9ssB20

勇者「さて、いざ出立といこうか」

魔法使い「やっとね」

僧侶「招集されてから今日まで随分掛かりましたからね」

戦士「これから魔王を倒しに行こうというのだ。事前の研修に時間が掛かるのは当然であろう」

勇者「そりゃそうだけど……」

僧侶「研修のほとんどは実技ではなく座学でしたよね」

勇者「なんだっけ?『近年普及した新しい魔法体系が戦闘に与える影響について』だっけ?」

魔法使い「学術雑誌のタイトルかって。~魔道具のインパクトを中心に~とか添えたら完璧よ」

戦士「そうは言うが、戦闘一筋に生きてきた俺にとっては新鮮な視点であったぞ」

僧侶「戦闘に限らず、自分の行いを第三者的な視点で見ることは中々ないですからね」


2: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 19:37:37.18 ID:All9ssB20

勇者「ん~、でも要は魔王を倒すのが唯一の目的だしさ」

戦士「その目的を円滑に果たすための研修ではないか」

僧侶「勇者さんは研修の最中、ほとんど寝てたから理解できていないんじゃないですか?」

勇者「ぐっ……、そんなことは……」

魔法使い「あらあら、勉強嫌いで魔王を倒せるのかしらね」

戦士「そういう魔法使いも、研修中ほとんど席を外していたではないか」

魔法使い「あのねぇ、私を誰だと思ってるの?」

魔法使い「魔法使いよ? 魔法使いが何で魔法体系の研修を受けなきゃいけないのよ。今更過ぎるわ」

勇者「まあまあ、話をしているうちに王都の隣の街に着きそうだよ」

勇者「日没も近いし、今日はこの街で泊まることにしない?」


3: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 19:39:18.62 ID:All9ssB20

宿屋の主人「あいにく、今日は4人部屋が一つしか開いていないんですが、皆さん同室でよろしいですか?」

僧侶「えっ……」

戦士「いや、それは……」

勇者「いやいや」ニヤ

勇者「部屋が一つしかないなら仕方ないじゃないか。寝床を確保できるだけでもありがたいと思わないとさ」ニヤニヤ

僧侶「駄目ですって!」

勇者「いや、下心とかじゃないんだよ。決して、絶対、神に誓って」ニヤニヤニヤ

戦士「そういう問題ではないのだ。魔道具の問題なのだ」

僧侶「私たちがどう思うかではなく、王国の民にどう映るかという問題なんですよ」

勇者「???」

戦士「勇者、お前は研修を聞いていないから理解できないのだ」


4: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 19:40:20.77 ID:All9ssB20

僧侶「魔法石版を勇者さんはご存知ですか?」

勇者「当たり前だろ。俺だって持ってるぞ」サッ

勇者「これだろ。魔石を手持ちサイズの石版に削りだして、魔族や一部の魔法使いしか使えなかった伝心魔法を誰にでも使えるようにしたという……」

僧侶「ええ、数年前にどこかの異国から魔道具として伝来したものです」

戦士「離れていても石版を介して会話も手紙も文献も絵画も共有できる。いまや王国の民の大半が持っている」

勇者「そそ、だから僧侶ちゃんの連絡先暗号を教えてよ。あ、あと魔法使いも」

戦士「なぜ同じ隊でありながら俺の連絡先だけ知ろうとしないのだ?」

魔法使い「『あと』って何? まるでどうでもいいけどとりあえず付け足したみたいじゃない?」

僧侶「キモいです!」

勇者「まあまあ、みんな一斉に的確な指摘をしないでくれ。言い訳をでっち上げるにも時間が必要だろ?」


5: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 19:42:23.87 ID:All9ssB20

勇者「……で、なんでこの宿屋に同室で泊まることと魔法石版が関係するんだ?」

僧侶「魔法石版を使えば、この宿屋にいる人は誰でも、王国中の民に発信できるわけです」

戦士「絵画付きで『勇者隊は出立直後に宿屋で乱交パーティーしている』とな」

勇者「そ、そんなことは決して(口には出しません)……」

僧侶「勇者さんがどう思ったかではありません。この宿屋にいる人やその情報を受信した王国の民がどう受け取ったかが全てなんです」

勇者「いやいや、だったらきちんと俺達が反論すればいいだろ」

戦士「どう反論すると言うのだ」

戦士「『皆さん、私たちが宿屋でいかがわしいことしているとか思っているのかもしれませんが、一線は越えていませんから』ってか?」

僧侶「王国の民が抱く疑念が確信に変わる瞬間ですね」

勇者「それじゃ言われっぱなしじゃん!」

戦士「であればこそ、言われぬよう行動に気をつけろといってるのだ」


6: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 19:43:52.78 ID:All9ssB20

勇者「そもそも、俺達の目的は王国の民の規範となることじゃないだろ?」

勇者「魔王を倒して王国に平和をもたらすことだろ」

僧侶「その魔王を倒すための行軍に支障が生じるんですよ」

戦士「これからの行軍は、魔界への入り口の探索や装備品の調達など、王国の民の協力が不可欠なのだぞ」

勇者「でも、でも……!」

魔法使い「勇者、その辺にしときなって」

勇者「何だよ魔法使いまで!」

勇者「俺達は(まだ今のところは)間違ったことをしていないだろ」

魔法使い「そういうことじゃないの。4人同室で宿泊した程度で王国中に拡散されるのよ?」

魔法使い「勇者隊が出立直後に宿屋のロビーで言い争っていたなんて情景が王国中に拡散されたらどうなるのよ?」

魔法使い「王国中の民に『魔王を倒せないのでは……?』という疑念が広がるのよ? 乱交パーティーどころではない影響よ?」

勇者「くっ……!」


7: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 19:45:43.25 ID:All9ssB20

~~~~~~~~~~

魔法使い「遥か彼方に街の明かりが見えてきたわね」

勇者「そうだな。頭の固い誰かさんたちがゴチャゴチャ言うから、暗い山道を散々歩くことになったけど、ようやくだな」

戦士「なんだ勇者、言いたいことがあるのならきちんと面と向かって言ったらどうだ?」

勇者「やだー、言いたいことなんてないですよー。いいメンバーに恵まれて幸せですよーーーっと」

魔法使い「諍いはあとにして。あの街の宿に空室があるとは限らないわ」

僧侶「その点は問題ありません」

勇者「ん!?」

戦士「どういうことだ?」

僧侶「この魔法石版を使いました」

僧侶「予約サイトであの街の宿にシングル4部屋予約しておきました。予約者名は勇者さんにしてあります」

戦士「さすが現代っ子だな、僧侶は」

勇者「さすがだけど、もうちょっと世界観を大切にした表現にしない?」


8: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 19:47:53.28 ID:All9ssB20

~~~~~~~~~~

宿屋の主人「じゃ○んで予約の勇者ご一行様ですね。シングルを4部屋お取りしておりますので、お一人ずつこちらにご記入願います」

戦士「おお僧侶、やったではないか」

僧侶「ふふん」

勇者「やったけど……」

ワイワイガヤガヤ

勇者「このものすごい数のギャラリーは何ですかね?」

宿屋の主人「いやー、勇者ご一行様にお泊りいただけるなんてうれしくてですね……」

宿屋の主人「この魔法石版にちょちょっとつぶやいたら、町人が『勇者ご一行を一目みたい!』と大挙してここに押し寄せてきまして」

勇者「Oh....」

魔法使い「安易に勇者の名前を使うのも考えものね」

戦士「勇者の看板が必要なときもあるのだがな……」


9: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 19:50:04.94 ID:All9ssB20

宿屋の主人「ところで皆様、お食事はお済みでしょうか?」

勇者「いや、素敵な仲間たちのおかげで飲まず食わずなんですよ」チラッ

僧侶(反応したら負けですよ)

戦士(心得ておる)

宿屋の主人「でしたら、是非あちらのダイニングバーをご利用ください」

宿屋の主人「アルコールとつまみが中心ですが、23時まで営業していますので、まだ2時間ほどございますので」

勇者「ほう……」

勇者「召集以来、我々だけで食事をしたことはないし、出立を祝して一杯やりますか」

僧侶「えっ、やめときましょうよ」

戦士「どうしてもというのなら、勇者の部屋で作戦会議をしながらルームサービスでも頼もうではないか」


10: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 19:51:24.35 ID:All9ssB20

勇者「何だ何だ? みんな俺のことを誤解していないか? アルハラとかしないと思うよ? セクハラもしない可能性だってあるよ!」

僧侶「その恐れはもちろんありますけど! それだけじゃなくてですね……」

魔法使い「あのギャラリーを見なよ」

勇者「ギャラリーがいる環境のほうが安全でしょうが! 犯罪者の心理を考えてよ!」

魔法使い「ギャラリーの前で飲んだり談笑したりする勇者隊の姿を晒す影響を考えろといってるの」

魔法使い「勇者隊の緊張感が足りないと王国の民に不安感を与えるわ」

勇者「出立1日目だよ! まだ魔物が跋扈していないエリアだよ! 緊張するわけないじゃん!」

戦士「そういう実際の話ではないと言っているだろう。王国の民にどう思われるか、どう拡散されるかが全てなのだ」

勇者「ああめんどくせえ、そこら辺のドアが魔界に繋がってないかな……」


12: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 20:44:42.03 ID:All9ssB20

~~~~~(数ヶ月後)~~~~~

勇者「このあたりまで来ると、魔物の数が段違いに増えるな」

戦士「平原に魔物の群れがいるのが当たり前になっているとはな」

僧侶「休む間もありませんね」

勇者「でもさ、こいつらいちいち全部倒す必要ないよね?」

戦士「任務としては……な」

勇者「そうそう、王国内の魔物の掃討は国王軍や諸侯軍の任務だよ。俺達の任務はあくまで魔族軍の首領である魔王を討つことだ」

魔法使い「私たち魔王討伐隊と国王軍は、国王陛下を介して活動の連携がとられているということだったわよね」

僧侶「そうはいっても、露骨に魔物を見過ごすのも考えものですよ」

戦士「うむ、魔物を見過ごしているところを王国の民に目撃されると……」

勇者「ああ、任務の分担も理解できない馬鹿どもがヒステリックに拡散するというんだろ」

僧侶「大変です!」

戦士「どうした、僧侶」

僧侶「勇者さんが学習してます! キモいです!」

戦士「一々我らが説明する手間が省けるのだ。キモさも少しは我慢すべきだろう」

勇者「お前らの暴言をハラスメントとして拡散したいわ!」

僧侶「え……? キモいと思った側がハラスメント受けてるんですよ……?」


13: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 20:46:24.31 ID:All9ssB20

魔法使い「大変よ……っ!」

勇者「大変なのは俺の立ち位置だよ! 正論が一切通らないよ!」

魔法使い「平原でなにふざけてるの!」

魔法使い「20mほど前方にミノタウロスの集団が10頭ほどいるわ。敵は私たちに気付いていない。どうする、勇者?」

勇者「気付いていないならやり過ごそう……」

勇者「と言いたいところだけど、気付いていないなら不意打ちしよう。ミノタウロスの集団となれば、いつ街や村を襲うか知れない。リスクの芽を摘めるなら摘んでおきたい」

戦士「不意打ちは如何なものだろう」

勇者「武士道とか騎士道とかにこだわってる場合かよ。これは王国の民が生きるか死ぬかという選択だぞ」

戦士「そうではなくてだな……」

僧侶「敵とはいえ、あまりに卑怯な手を使って動物を痛めつけているいることが拡散されると、王国の民がどう思うか……」

勇者「確かに牛っぽいけど、魔物だよ!? 誰がどう考えたって魔物のほうが悪者だよね?」

戦士「人々は、敵が残虐な行いをしても、『そういうものだ』としか思わぬ」

戦士「対して、味方だと思っているものの行いが少しでも理想と乖離すると、『信用できない!』と拒否反応を示すものだ」


14: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 20:48:37.79 ID:All9ssB20

勇者「王国の置かれてる現状について、王国なり教会なりがちゃんと教育しようよ」

僧侶「人々の機微は、教えてどうなるというものではないですからね……」

戦士「ここはやはり正々堂々、正面から戦いを挑むべきであろう」

勇者「馬鹿な! 魔物だよ? 巨大なバケモノ10頭だよ? 4人でどうにかなる相手じゃないって!」

僧侶「そんなこと言って、不意打ちが目撃されて王国の民が魔物に同情してしまったらどうするんですか?」

勇者「王国の民を守らんとすればこその不意打ちだぞ!」

戦士「だからこそ、それが逆の意味に取られたら我らが浮かばれないと言っておるのだ」

勇者「そんな恩知らずは放っとけばいい!」

戦士「遣り切れないのは解るが、そういう発言は魔王を倒してからにすることだ」

魔法使い「最近では動物虐待に過敏な新興のカルト宗教もあるし、軽率な行動は危険かもね」

戦士「ああ、それもあるな」

勇者「だから動物じゃなくて魔物なんだって」

僧侶「美顔教、でしたっけ?」

魔法使い「ええ、動物の搾取や虐殺に反対する立場から、動物の食用や利用に対して各地で暴動を起こす危険な宗教団体よ」


15: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 20:50:44.69 ID:All9ssB20

勇者「そこは老舗で国王公認の宗教である教会が頑張れよ!」

勇者「気に入らない勢力を弾圧して迫害して高笑いするのは神のオハコだろ?」

勇者「もう一回『魔女狩り』やっちゃえよ! 官製ホロコースト万歳!」

僧侶「神を侮辱するような発言は今すぐ取り消してください!!!」

魔法使い「私たち一族は、確かに神の教えに背く呪術に手を染めてるわ」

魔法使い「でも、だからこそ、この世界のために魔法を使おうと自戒してる」

勇者「うん? なんで今そんな話?」

魔法使い「そんな気持ちも知らないで、『魔女狩り』を気安く口にしないで!!!」

魔法使い「私の両親も、兄弟も、親友も、みんな教会による『魔女狩り』の犠牲になったのよ!」

戦士「……勇者よ、あれだ」

勇者「……」

戦士「石版の向こう側だけでなく、目の前にいる隊の人間の気持ちも少しは……な」


16: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:08:25.88 ID:All9ssB20

~~~~~~~~~~

勇者「皆さん、この丘を越えれば大きな街が見えてきます。もう少しの辛抱ですよ」

勇者「私は、圧倒的な劣勢をものともせず、果敢に魔物に立ち向かった皆さんを誇りに思っていますよ」

勇者「ですから皆さん、あの街の教会で蘇生してもらいましょうね……」

勇者「……ってふざけんなよ。無茶な戦いを挑んで死ぬとかただの馬鹿じゃねーか」

勇者「牛もどきはなんとか殲滅したから良かったようなものの、もし負けてたら誰が我々を支持してくれるというんだよ」

勇者「『勇者隊は敗れたけど正々堂々闘った。偉い!』と賞賛されるって? 『何やってんだ勇者の馬鹿野郎!』って糾弾されるに決まってんだろ」

勇者「世の中、結果が全てなんだよ。第三者は結果からしか物事を論評しないんだよ」

勇者「ほら、街に着いたぞ」ドサッ

勇者「坂の下が教会だから、お前らここからは転がっていけ」ゲシゲシ


17: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:11:07.49 ID:All9ssB20

~~~~~~~~~~

戦士「いや勇者、かたじけない」

僧侶「まさか、勇者さんが私たちを蘇生させてくれるとは思いませんでした」

魔法使い「……ま、ありがとね」

勇者「過ぎたことは過ぎたこととして……」

勇者「俺達の目的は魔王を倒すこと。その一点に注力して、また明日から進んでいこうよ」

僧侶「そうですね。よろしくお願いします」

戦士「ところで勇者、この街には我々を蘇生するために敢えて立ち寄ったのだと思うが、この後どう進むつもりなのだ?」

勇者「ああ、この先魔界への入り口があると思われる北方地域に向かうには、この街を通って海沿いに進む経路と、少し戻って、この街の手前にある丘から山道に入る経路の二つがある」

僧侶「どちらを通っていくんですか?」

勇者「海沿いの道を進もうと思う」

勇者「海沿いの道の方が平坦で見通しもいいから、北方に早く着けるし、魔物の奇襲を受ける恐れも少ない」

戦士「山沿いの道の方が魔物は少ないと聞くが」

勇者「山沿いの道は人ひとりしか通れないような狭い尾根や谷沿いの道も多いらしいよ。行軍するには危険が多すぎるって」


18: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:12:22.98 ID:All9ssB20

僧侶「では早速明日にはこの街を出発しますか?」

勇者「ここから先は魔物の数も増えるだろうし、北方にたどり着くまで大きな街もないから、明日は装備品なんかを整えておきたいな」

ブーブブッ ブーブブッ

戦士「おや、勇者の魔法石版が震えているようだぞ?」

勇者「ん、僧侶ちゃんから秘密のお便りかな?」

僧侶「勇者さんの連絡先なんて知らないし、知りたくもありません!」

魔法使い「勇者の連絡先を知っているのは、国王陛下か国王軍の幹部連中あたりじゃないのかしら?」

勇者「夢も希望もないな……、あっ、国王陛下からだ」

戦士「さては、戦況に関する知らせか?」

勇者「こ……これは……!」

僧侶「どうしました?」

勇者「大変だ! 魔王軍の大軍がこの街に向かって進軍中と……!」


19: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:14:30.51 ID:All9ssB20

戦士「なんと! 奴らの目的は何だ!」

僧侶「この街にはいつごろ到達しそうなんですか?」

魔法使い「国王軍の動きはどうなってるのかしら?」

勇者「ちょっと待てみんな、今文章を読み進めているんだから」

勇者「え~っと、『拝啓 時下ますますご清祥の段、お慶び申し上げます。平素は魔王討伐の任に精励されていること、篤く御礼申し上げます。』」

戦士「時候の挨拶なんか音読せずともよい!」

僧侶「しかも本文読んでからなんで頭を読み直すんですか!」

勇者「だから少し時間をくれと……」

勇者「……要約すると、この街に向けて魔王軍の大軍が進軍中。進軍は二手に分かれており、海沿いを進む本隊が約数千、山中を進む分隊が約数百。この街を挟み撃ちにする算段らしい」

勇者「この街への到達予想は明後日。対して国王軍は周辺諸侯の助力を得て、明日にはこの街に千数百の兵を集結させるべく行軍中らしい」


20: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:16:26.00 ID:All9ssB20

僧侶「魔王軍の狙いは何でしょうか?」

戦士「この街を制圧して魔王軍の拠点にするには、魔物の多い地域から離れすぎている。勇者を中心とする我々魔王討伐隊を叩くのが目的と考えていいだろう」

僧侶「だとすると、私たちの行動が魔王軍に知られているということになりますよ」

勇者「これまで通ってきた村や街に魔王軍の間者がいたとでも言うのか?」

戦士「あるいは、国王軍の中にいるやも知れぬ」

勇者「……いずれにしても、この街にいては危ないということか」

僧侶「この街を出たところで、行く先で必ず数千か数百の魔物と鉢合わせしますよ」

戦士「国王軍の到着を待って、共に作戦を練るというのはどうだろう」

勇者「その国王軍に間者がいるかもしれないんだろ!」

戦士「いるやも知れぬが、そ奴が我々を手に掛ける訳でもあるまい」


21: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:17:34.96 ID:All9ssB20

戦士「この街の守り方と我々の進み方は切り離して考えられぬ問題なのだ。拙速な行動は事態を悪化させると思うが」

僧侶「そうなると、私たちもこの街の防衛に参加することになるんでしょうか」

勇者「魔物の目的は俺達なんだろ? 俺達がこの街にいなければこの街も安泰だろ?」

戦士「それも一つの作戦だが、その作戦を国王軍とすり合わせねばなるまい。我々がこの街を出るのなら、国王軍がこの街に集結する意味もなくなるのだぞ」

勇者「まあ、それはそうだけど……」

勇者「でも、国王軍の集結が明日で、魔王軍の到達は明後日なんだぞ。国王軍の到達を待って俺達がこの街を出たとして、その情報が魔王軍に伝わる前に魔王軍はこの街に着くんじゃないの?」

僧侶「やはり、私たちもこの街の防衛に参加しないと……」

勇者「魔王軍数千数百 対 国王軍千数百の戦いが、魔王軍数千数百 対 国王軍千数百四になるだけだ。参加する意味が解らない」

僧侶「でも、魔王軍の侵攻を前にこの街から逃げ出す様子をこの街の人たちに見られたら……」

勇者「まだそんなこと言ってるの? 俺達が死んだら元も子もないんだって。俺達が死んで魔王が生き残る状況を歓迎するのは魔物だけでしょ!」

戦士「だからといって今、我々がこの街を出てどうするというのだ」

魔法使い「ああもう、聞いていられないわ……!」


22: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:20:21.18 ID:All9ssB20

勇者「えっ!?」

僧侶「どうしたんですか急に」

魔法使い「魔法石版の情報に右往左往して情けないって言ってるの!」

魔法使い「こんな板切れを見て『王都の民の心が~』『魔王軍の動きが~』って、いつまで振り回されている気なのよ!」

戦士「そうは言っても、手に入る情報は活用せねば」

魔法使い「あんたたちは魔法石版を使っているんじゃない。魔法石版に使われているの」

僧侶「魔法石版に頼るなというんですか? そのほうが危険ですよ」

魔法使い「そんなことを言いたいんじゃないわ。魔法使いとして、魔法に使われている姿を許せないの」

戦士「そこまで言うからには、何か策があるのだろうな?」

魔法使い「もちろんよ」

魔法使い「いい? 一瞬で王国中の民に情報を拡散できるこの魔法石版で、私たちも情報を拡散するの」

勇者「一体どんな情報を?」

魔法使い「偽情報よ」


23: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:22:21.19 ID:All9ssB20

魔法使い「そうね……、極力北方の街に近い海沿いの風景がいいかしら」

魔法使い「海沿いの風景を切り取った『絵』なんて石版上に無数に掲示されているわ。この中から比較的北方地域に近い場所の『絵』を拝借して、そこに『平和な海の様子に心が癒される。魔物の本拠地は近いというのに』とか添えてつぶやけばいいのよ」

魔法使い「それを見た魔物たちは大急ぎで北方地域に引き返すわ。そうすれば、この街も、私たちも安泰よ」

魔法使い「しかも、間者の情報と食い違っていることから、魔法軍と間者の間の信頼関係が揺らぐかもしれないわね」

勇者「……おぉ~」

戦士「たしかにその策は悪くなさそうだ」

戦士「……が、偽情報を用いるには、今回は時間が足りない」

勇者「いやいや、魔王軍が到達するまであと2日あるんだよ?」

僧侶「偽情報の取り扱いに関しても、事前の研修で説明がありました」

戦士「偽情報が魔王軍にだけ伝わればいいのだが、魔法石版のおかげで国王軍の末端兵士にまで瞬時に伝わるのだ」

戦士「軍として正規の情報や指示と、それに反する偽情報を同時に得た軍は規律を守れない」

僧侶「そのため、偽情報を用いる場合は、まず国王に内容を伝え、それを幹部会議で吟味し、そこで問題無しと判定された場合は、偽情報が流れる旨を国王軍の下士官まで周知し、それが確認できてから拡散することになってるんです」

魔法使い「はぁ~!?」

勇者「国王軍の下士官にまで偽情報である旨を周知って、そこに魔王軍の間者がいるかもしれないんだぞ!」

僧侶「ですから、偽情報は難しいかと……」

勇者「ああもう、あれは駄目、これは駄目って、どうしろと言うんだ!」

戦士「国王軍が来るまで待てと言ってるであろう」

勇者「要するに何もできないって事じゃん! なんなんだよ!」


24: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:24:23.42 ID:All9ssB20

~~~~~(所変わって)~~~~~

側近「魔王様、勇者の動向が判明しました」

魔王「ふむ、今回の勇者隊は能力の高い者が多いと聞いていたので、気になっていたぞ」

側近「ですが魔法様、心配には及びません。今回の勇者隊は殲滅させられたことが確認できました」

魔王「ほう……、そういえば勇者隊の滞在する街に大規模な攻撃を仕掛けたらしいな」

側近「ええ、残念ながら大規模攻撃は失敗に終わりましたが……」

魔王「なに!? どういうことだ?」

側近「勇者隊と国王軍が守りを固める街に我が魔王軍が攻撃を仕掛けたタイミングで、国王軍が勇者隊を山道側に逃がしてしまったのです」

側近「山道側はそもそも魔族が手薄だったため、街への攻略戦開始後に、逃走した者を追撃できる態勢にはなく……」

魔王「もうよい!」

魔王「……ところで今、『勇者隊は殲滅させられた』といったな? 『させられた』とはどういうことだ?」


25: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:26:49.07 ID:All9ssB20

側近「はい……、実は、我が軍は勇者隊を取り逃がしてしまったのですが、山中を逃走中の勇者隊を、人間の山賊たちが取り押さえて刈ったのです」

魔王「ほう……?」

側近「我々の調査によると、『勇者隊が街の人を見捨てて逃走した』という情報が人間の王国じゅうに広まっていたようで、それを聞きつけた人間の山賊が義憤に駆られて勇者隊を処刑したようです」

側近「いずれにせよ、私たちに神風が吹いたのでしょう。いえ、魔王風というべきでしょうか」

魔王「フフフ……フハハハハハ!」

側近「魔王……様?」

魔王「フハハハ! 側近よ。神風などではないわ。我の作戦が奏功したのだ」

側近「えと、作戦……とは?」

魔王「これよ」サッ


26: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:29:35.26 ID:All9ssB20

側近「それは確か、人間の王国で広まっているという石版ではありませんか?」

魔王「ふむ、魔石を削りだして、初歩的な伝心魔法を使えるようにしたものだな」

側近「王国中に広まっていると聞いたときは、私も穏やかではありませんでした。何しろ、伝心魔法は我々魔族でも限られたものにしか扱えない高等魔法なのですから」

魔王「我が、それを王国中に広めたのだ」

側近「な、なんてことを……! 高等魔法なのですよ!」

魔王「高等魔法だからこそ、だ」

魔王「伝心魔法は、我々魔族でも限られたものしか扱えないし、術車同士でしか伝心を行えない、非常に不便な魔法だ」

側近「それが原因で、魔王軍の編成は困難を極めてですね……」

魔王「それでいいのだ」

魔王「情報を瞬時に伝えるには、伝え手と聞き手の双方に瞬時の分析力と判断力が求められるのだ。誰もが扱っていい魔法ではないのだ」

魔王「そんな魔法を、何の耐性も持たぬ人間に広めたらどうなるかと思ってな」

魔王「案の定、民は情報を得て暴走し、王宮はそれに対する守りに汲々として身動きが取れなくなった」

魔王「神風でもなんでもない。人間は、我の作った魔法石版を用いて、せっせと自分達の未来に終止符を打とうと頑張っているのだ」

魔王「我々の願いは、この素敵な道具が叶えてくれる」フハハ


27: ◆dTsdr7bVTg 2019/08/18(日) 22:31:57.22 ID:All9ssB20

側近「なんと……」

側近「しかし、人間たちも馬鹿ではありません。いずれ魔法石版の使い方を習得したら、我々の脅威になるのでは?」

魔王「いずれは……な。守勢から攻勢に転じるのに何十年掛かるか分からんが」

魔王「そのときは魔法石版の『あっぷでーとぷろぐらむ』でも配信するわ」

魔王「通貨機能を付加して、王国を経済的にズタズタにしてみるとかな」

【了】





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