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ヴィーネ「ガヴを犯したい」

1: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:09:17.695 ID:z+3dqXID0.net

陳腐だけど、運命だと思った。
これまで私に友達が片手で収まるほどしかいなかったことも関係しているのだろう。

第一印象は、お人形さんみたいに可愛らしい女の子だった。
金色のロングストレートは柔らかな春風に煽られ、未踏の雪原を思わせる白い肌には染み一つない。
愛らしさを増長している小さい背丈が、くりんとした丸い目に似合っていた。

「実は……私もここに引っ越してきたばかりで友達がいなくて……」

彼女が天使であるということは、二重の意味でわかった。
鈴を転がしたような、いいや、そんなありきたりな表現には収まらない爽やかな流れを、その声は秘めていたと思う。

「それで、その……」

頬を赤らめた彼女は、少し伏し目になった。
砂金のような前髪に隠された菫色の瞳には、少し涙が浮かんでいる。
綺麗だ。何にも遮られることなく、そんな言葉が胸中に浮上した。

「わっ、私と友達になってくれませんか?」

「え、ええ。こちらこそ、喜んで!」

運命だと思った。

運命だと、思った。

思ったのに。

ちくしょう。


2: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:09:27.486 ID:z+3dqXID0.net

ネットゲームを止めればよかったと、いつかの私は後悔していた。
インターネットの呪縛を受けたガヴは、瞬く間に駄目になっていった。
急転直下という四字熟語を生まれて初めて正しく扱えた瞬間だった。

液晶の向こう側にその瞳は繋ぎ止められた。
回線でしか繋がっていない、モニタ越しに笑っているのか泣いているのか喚いているのかさえ定かじゃない相手に。

どうにか入り込めないかと思案して、すぐに解決策を捻り出せた。

重度のネットゲーマーの常として、日々の生活がおろそかになっていくという傾向がある。
あの状態のガヴとはまだ一度しか会っていないが、
部屋にはプルタブの空いた缶コーヒーやら食べ終わった食器やらが散乱していたのは確認している。

だとすれば、例に漏れない確率は高い。

モシンナガンを構える死神か、はたまた敵が策に落ちるのを待つ軍師か。
ともかくそんな心境で、私はガヴの生活が立ち行かなくなるまで待つことにした。

結果は知っての通りだ。
久々に訪れたガヴリール宅は、腐海と見紛う様相を呈していた。

部屋を片付け、ご飯を作って、身の回りの世話をしてあげて、
私は彼女にとって欠かすことのできないポジションを確保することに成功したのである。
元から世話好きだったことが幸いしたのもあるかな。

ともかくそんな風にして、今の私たちが形成されていったわけだ。


3: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:09:38.494 ID:z+3dqXID0.net

勝って兜の緒を閉めよ、と先人は語った。私人じゃないけど。
かけがえのない立ち位置に在れても、私は策を練り続ける努力を怠らなかった。

どういう風にあの娘と距離を詰めればいいのだろう。
もっとお話しするにはどういう風にすればいいのだろう。

世に遍く学生が英単語や数式の暗記に用いる分の容量を、
私はガヴとの関係性について思考することに注ぎ込んだ。

それでも成績を落とさずにいられたのは、きっと魔界にいるときの経験に起因するのだろう。

私のような性質は、魔界の奇天烈な悪魔たちと比してみると少数派になってくる。

あくまで魔界の本流は胡桃沢一家のような演出を重んじる集団であり、
謹厳実直かつ品行方正に生きようとする私たちは亜流だったわけだ。

胡桃沢一家を例に挙げたが、誰でもサターニャのように優しいわけではない。
私はちょっとおかしい悪魔として、チリトリですくい切れなかった埃のように、魔界の隅っこに追いやられていた。

たまに折りを見てサターニャが話しかけてくれるけれど、
それ以外の大半は勉強か空想かに費やしていたのを覚えている。

そうして孤独を耐え抜いて育て上げた、考え過ぎるという習癖。
それは贅肉となって脳細胞に染み付いていたから、思考能力や持久力には自信があった。


4: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:09:47.817 ID:z+3dqXID0.net

そういった暗々裏の努力によって積み上げられた、私たちの日常。
黄金比とも言えるバランスで成り立った一年生の毎日は、私の一生のなかで最盛期と言っても過言ではなかっただろう。

私は無根拠に、こんな日々がずっと続くものかと思っていた。
大人になってもガヴリールは私の傍にいてくれるものだと、勝手に思い込んでいたのだ。

大切な友達。

大切な天使。

一生で、誰か大切なものを一つだけ挙げることができるのだったら、
私は迷いなく。


5: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:09:56.345 ID:z+3dqXID0.net

その日も。
なんの変哲もなく始まって、なんの変哲もなく終わっていくものだと踏んでいた。

サターニャとラフィと三叉路で別れてから、家の方角へ向かって歩調を合わせる。
私の隣を歩いているガヴは、何度もポケットからスマホを取り出しては、なにか落胆したかのように戻すということを繰り返していた。

その忙しない様子を見て、私は捻りもなく問うた。

「どうしたの? またネット通販?」

ガヴは一瞬だけ口を開いたが、たちまちなにか言い辛そうに閉じてしまう。
頬にほんのりと赤みが差している。夕陽で赤くなっている、では利かないレベルで。
瞳は水に浸したガラス玉のように、溢れんばかりの感情を涙として吐き出していた。

それは、これまで私が見たことの無いような表情だった。

「……どうしたの? 私が、なにか力になれること?」

薄氷の湖を歩くように、おっかなびっくりと彼女の秘密に触れる。
考えなしに渡ってしまえば、湖の向こうにそびえるガヴへたどり着く前に身を切るような冷水へ突き落されてしまう。

ガヴの返答までには時間があった。
それは私の家とガヴのアパートの分かれ道に差し掛かるまでの時間だった。

「ヴィーネ」

まるで女の子のような顔つきでこちらを見上げると、

「彼氏が、出来たんだ」


7: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:10:05.726 ID:z+3dqXID0.net

そいつの名前はMと言った。
三浦だったか三嶋だったか宮代だったか忘れたけど、ともかくイニシャルはMだった。

「ネトゲで知り合ってさ。チャットしてるうちに、同じ学校の奴だってなって」

そして、リアルでご対面したらしい。

「面白い奴だよ。
ぶっちゃけコミュ障気味な奴なんだけどさ、ヴィーネに似てすごく世話好きな奴なんだ」

ヴィーネに似て、の部分だけハッキリと聞こえた。

「へぇ、そうなの」

「うん。ナチュラルに周囲へ気配りとかできて、友達も割りと多い」

「そう、なんだ」

「今度ヴィーネにも紹介するよ。良い奴だから、気に入ると思う」

私は自分の顔面を鉄面皮だと思うことにする。
ガヴはとても嬉しそうな表情をしていたのだから、その時の私は、ごく当たり前のように祝福してあげるべきだと考えたんだ。

だって、こんな笑顔を浮かべる女の子が幸せにならないはずがないじゃないか。


その夜。下界に来て初めて食器を割った。


9: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:10:19.750 ID:z+3dqXID0.net

翌朝になって、私はガヴを迎えに行くことを躊躇った。
Mは世話好きな人格なのだから、私よりも早くガヴを迎えに行っている可能性がある。

ガヴから聞いた限りでは、Mにとって多分人生初の恋人なのだろう。
きっと他の誰よりも優しくしようとしているはずだ。

だから、私は一人で登校することにした。

いつものようにガヴは教室に入ってきた。小さい手のなかではスマホが光っていて、ときおり画面を眺めてはささやかな笑みを浮かべていた。

画面に向けられていた瞳が、私の方を向いた。
私の机の上にあったお茶のペットボトルが、細かく揺れていた。

「おはようヴィーネ。今朝は寝坊したのか?」

「え、ええ。昨日の水曜ロードショー、全部観ちゃって」

「うへぇ、ヴィーネでもそんなことあるんだなー」

聞くべきか否か、逡巡が私のなかで巻き起こる。
バクンバクンという拍動だけが、イヤホンを着けているかのように耳に届いた。

「そういう、ガヴは……私がいないでも、起きられたんだ」

「ん? ああ、アラームアラーム」

「ああ、アラームね」

揺れが収まって、全身から力という力が抜け落ちていくのを感じていた。


10: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:10:27.409 ID:z+3dqXID0.net

「ガヴリール! 勝負よ!」

賑やかな声と共にサターニャが突っ込んできた。
朝が苦手なガヴはそのタックルに対応できず、背中から直撃を食らってしまう。

スマホが手から離れて、私の足元に転がってきた。
未だ電源が点いたままの端末を拾い上げると、ちらりとガヴたちの方を一瞥する。

「いきなり何すんだお前コラ死にたいのかクソ悪魔」

「いだいいだいいだいいだい!!」

サターニャはアームロックを食らって手足をバタつかせている。
そんな反応を楽しむかのように、ガヴもまた嗜虐的な笑顔を口元に張り付かせていた。

いつもの日常と、画面の向こうに広がる非日常。
私は震える指先で、ガヴたちのやり取りをスクロールした。


11: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:10:36.851 ID:z+3dqXID0.net

ガヴリール『おはよー』

M『おは』

ガヴリール『電話助かった。おかげで起きられたよ』

M『役に立ててよかった』

ガヴリール『放課後はどうすんの?』

M『ガヴリールの家にお邪魔して良いかな』

ガヴリール『また? あれ結構痛かったんだけど』

M『そんな魂胆は一切ないから! もう泣かせたくない』

ガヴリール『必死ワロタwwww』

ガヴリール『まあ』

ガヴリール『お前にならいいと思ってるけど』

ガヴリール『? おーい』

ガヴリール『返信遅いぞー』

ガヴリール『教室ついたわ。昼休みうちのクラス来て』

M『ありがとう。愛してる』

M『おーい? 返信遅いぞー』

ガヴリール『こっちも』


12: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:10:46.805 ID:z+3dqXID0.net

「……ヴィーネさ」

頭上から冷たい声が降ってきて、私はやましいことがバレた子供のように顔を上げる。
サターニャの成敗が終わったのか、どこかやり遂げた顔つきのガヴがそこにいた。

それはあまりにもいつもの姿と相違なくて、画面のなかで繰り広げられた甘い一幕が、
私を騙すために仕掛けられた盛大なドッキリであるかのように思えてしまう。

「人のケータイ勝手に見るのはどうかと思うぞ」

「あ、ご、ごめんね」

「……気になるんだったら、まあ昼まで待っててよ」

ガヴはそれだけ言い残すと、私の腕からスマホをかっぱらった。
街頭でチラシを受け取るような素っ気なさがそこには秘められていて、
私は咄嗟に唾液を飲み下さなければならなかった。

チャイムが鳴った。
サターニャがガヴに怨念を込めた流し目を送っていても、ガヴはスマホに夢中だった。


13: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:10:57.117 ID:z+3dqXID0.net

この日の午前授業は、間欠泉のように吹き上げるなにかを堪える戦闘の時間だった。

体育で外に出てみると、一陣の風がグラウンドの砂地を巻き上げた。
砂塵が目に入ってしまい、私は必死で瞬きを繰り返す。
こうやって涙を流すことによって、目に進入した砂粒を外へ押し出すのだ。

今日の体育は2クラス合同だったので、隣のクラスのラフィエルがやってくる。
いつにも増して機嫌が良さそうで、その姿はさながらとびっきりのネタを仕入れた新聞記者のようにも見えた。

「ヴィーネさんヴィーネさん」

「……どうしたの?」

ラフィは私の耳に口を近づけて、

「ガヴちゃんの彼氏さんの話、聞きましたか?」

「う、ん」

「どんな人なんでしょうね~、個人的に結構興味があるんですよ~。昼休みが楽しみです」

「横取りとか、よくないと思うな」

ラフィは笑顔をどことなく邪悪なものに変える。

「まさか、そんなことしませんよ。
あのガヴちゃんを本気で好きになる男の人が、どんな方なのか気になるだけですって」

私は自分が知っている情報をラフィに与えるかどうか迷った。
この様子だと、彼氏ができたという事実は知っていても、具体的な人となりは断片的にも知らないのだろう。
そのことに私は少し優越感を覚えて、すぐに胸を抉りたくなるような自己嫌悪に陥った。


16: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:12:55.791 ID:z+3dqXID0.net

昼休みの到来を告げるチャイムが鳴り響いて、教室が緊張から解き放たれた。
お弁当を取り出した私は、ガヴたちがやって来るまで視線の置き場所を探していた。

目の前の席に座っている男子が、友人らしき生徒と共に食堂へと駆けって行ったのを眺めていると、
見慣れた金髪と、見慣れない黒髪が教室のドアを開けた。

「あ、つ、月乃瀬さん……っすよね。Mって言います。よ、よろしくお願いします」

Mは何度も眼鏡の位置を直しながら、しどろもどろになって言った。

普通の、渋谷のスクランブル交差点に投げ込んでしまったら、一瞬で見失ってしまいそうな男だった。

「……よろしく」

「おいヴィーネ、コイツメンタル激弱なんだからもうちょっと優しくしてやれって」

すかさずガヴに仲介される。生まれて初めて舌打ちをした。

「……が、ガヴリール。俺嫌われてんのかな」

「あー……こいつ男に免疫ないから、緊張してるだけだと思う」

「そ、そうなんだ……よかった」

ぶっきらぼうに頬杖をつく私の様子を窺うように、二人はひそひそとそんな会話をしていた。

「……ごめんガヴ、ちょっとトイレ」

「え? ああ、うん。行ってらっしゃい」


17: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:13:13.066 ID:z+3dqXID0.net

学校から解放される合図。
ハチミツのような赤色が差し込まれる教室で、生徒たちが思い思いに身体や羽を伸ばしている。

私はせっせと帰り支度を進めるガヴに近づいて、

「か、帰ろう?」

「……あー、ごめん。先約あるんだ」

大きな岩が降ってくる。
私はそれに押しつぶされて、原型を留めぬ肉片になる。
なったらよかったのに。

「そうなんだ。今晩は……どうする?」

「うん……Mがさ、家族に私のこと紹介したいって。気が早い奴だよな、ほんと」

「そっか。じゃあ、Mさんのご家族と食べるのね」

ガヴは照れくささと申し訳なさが半々になった顔で頷く。

「じゃあなヴィーネ。また明日」

それだけ言い残すと、ガヴは教室入口で肩身が狭そうにしていたMの元へ駆け寄って行った。
木漏れ日のように浮かんだ自然な笑顔は、これまで私が一度たりとも目にしたことがないものだった。

その事実を受けた瞬間、私の脳裏に多重人格という病名が浮かび上がってくる。
過剰なストレスを受けた幼い子供が、許容量を超えた痛みを別の人格と分け合うという精神疾病だ。

ガヴたちの背中が見えなくなった時、見計らったようにポケットのスマホがバイブレーションを発した。


18: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:13:33.833 ID:z+3dqXID0.net

ラフィから誘われて、私とサターニャはエンジェル喫茶まで来ていた。
店内ではマスターさんが常連らしき年配の女性と親しげに言葉を交わしているきりで、その他にお客さんの姿は見えなかった。ラフィは好都合ですねと失礼なことを言った。

マスターさんにメニューを頼んでから、私たち三人は形而上の円卓を囲んだ。

「……で、どうだったのよ。あんたらの所感は」

サターニャが切り出す。口調には、どうやってガヴの弱みを引き出そうか探っている響きがあった。

「私的には……普通の方ですね」

「普通って何よ、ラフィエル」

「普通は普通です。普通に頑張って、普通に幸せになって、普通に死んでいく、普通の人」

普通をラフィは強調する。
私は届くまで時間のかかるキャラメルマキアートを注文したことを、海より深く後悔していた。

「まあ、私も同じね。平々凡々を絵に描いたような男じゃない。このサタニキア様には釣り合わないわ!」

「サターニャさんには私がいるじゃないですか~♪」

「うわっ! ちょっ、くっつくなっ!」

日常という劇の台本通り、ここで私は二人を見て笑っておいた。
ラフィに弄られているサターニャも、サターニャの首筋に鼻を寄せるラフィも笑っている。
三人の笑いがこだまして、今日も楽しい一日が終わろうとしていた。

そこに、ガヴはいなかった。


19: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:13:51.836 ID:z+3dqXID0.net

掛布団に包まって目を閉じると、脳裏に懐かしい光景が再生される。

ガヴと行った海。
ガヴと過ごしたハロウィン。
ガヴと過ごした大晦日。

股関節の辺りに、なにか燃えるような疼きがある。太ももの辺りまで生ぬるい液体が伝って、呼吸が際限なしに荒くなっていった。

イメージする。
仰向けになった私に伸し掛かるように、ガヴがいる。
レンジで温めたみたいに真っ赤な顔をしていて、情動がほとばしった熱視線を私に注いでいるのだ。

その横では、Mがいる。
身体がぐるぐる巻きに縛られて、口にはガムテープを貼られて、醜悪な芋虫のような姿を晒していた。聞くに堪えない呻き声を発するその様は、まるで飢えた豚のようだ。

イメージのガヴが、指先を私の股へ伸ばした。
その動きと連動するように、私は自分の秘所へ指を滑り込ませる。

何もない空間へ舌を出すと、ガヴは慈愛に満ちた風に微笑むと、拙いながら応じてくれた。
唾液が絡まり合って、淫靡なアーチを造り上げる。ガヴの舌から滴り落ちた聖水を、私は口を開けて受け止めた。

夕方飲んだキャラメルマキアートより、ずっと甘い味がした。――気がした。

横目でMを窺ってみれば、ヘドロにも満たない涙を流しながら、薄汚れた床で這いつくばっている。

指の動きが激しくなる。
絡まる舌も素早くなる。

「ガヴ……ガヴっ、ガヴぅっ!」

ほどなくして、私は虚しさへ達した。


20: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:14:08.253 ID:z+3dqXID0.net

翌日、食堂のテーブル席には椅子が五つあった。
上座に座るMは、どこか居心地が悪そうに肩を縮めながら、救難信号めいた視線をガヴへ送り続けている。
ラフィとサターニャが値踏みするような視線を無遠慮に投げかけていることが原因だった。

昨日普通という判を下したにも関わらずこの様子とは、
どうやら二人の野次馬根性は相当なもののようだ。

Mは滔々とこれからの展望を語った。
どうやらレベルの高い大学へ進む腹積もりらしく、
推薦枠をキープできるように努力していること。

両親にガヴを気に入ってもらえるよう、色々と便宜を図ったこと。

二十代の少ない貯蓄では子供が真っ当に育つ可能性が低いから、
そういう行為は生活に余裕が出てきてからするつもりであること。

父が上場した企業でそれなりのポストに就いているらしいから、
最悪の場合でも生活苦にあえぐ心配はないこと。

サターニャは時々感心した風に頷いていたし、
ラフィもほうという唸りを漏らすこともあった。

そして認めたくないことに、私も、ガヴがちゃんと幸せになっている光景がまざまざと思い浮かんできたのだった。

全部の席に常備されている御手拭ナプキンを、机の下でビリビリに破り捨てた。


22: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:15:20.644 ID:z+3dqXID0.net

「……ふーん。意外にちゃんとした計画練ってんのね」

サターニャは麺の無くなったうどんの汁を一口啜ってから言う。
Mは俯きながらも、意思を感じさせる鋭い視線を投げかけた。

「あ、たりまえだよ。初めての彼女なんだから、ちゃんと幸せにするつもりでいる」

その言葉を受けたガヴは耳まで赤くしてしまい、不自然極まりない動きでそっぽを向く。
そんな反応を見逃すラフィではない。

「あらあら~、これはかなり入ってますね~」

「今回ばかりはあんたに同意だわ。
まさかガヴリールのこんな表情が見られるなんて……ぷくくっ」

「止めろお前らぶっ殺すぞ……」

精一杯の強がりは、蚊の鳴くように小さい抵抗だった。
ラフィは瞳を母性と嗜虐心を織り交ぜた色に輝かせると、

「ガヴちゃんを泣かせたら天国送りにしますからね、Mさん?」

「も、もちろんだよ。浮気とか不倫とか、そういうのする気は毛頭ない」

「あー、テレビでやってたわ、それ。男はみんなそう言うってやつ。サタニキアアイは誤魔化せないわ!」

「……じゃあ、任せられないかもね」

「そ、そんなー」

この言葉は私だ。
言い終わって、お腹のなかを少し換気できたような感じがあった。
ガヴはこらえきれなかったのか吹き出して、連鎖反応的にラフィとサターニャも笑い声をあげる。Mも控えめな笑顔を浮かべて、私たちという和に溶け込んでいた。

私は泣きそうなのを我慢しながら、ずっと笑顔を作っていた。


23: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:16:00.625 ID:z+3dqXID0.net

一週間くらい経った。

数字が赤く着色される曜日がやってきて、テレビでは
『舞天オーシャンランド、ただいまサマーキャンペーン開催中です! 日曜日はなんと、入場料が半額! ご家族、恋人などと是非ご来場ください!』
なんて宣伝していた。

ガヴのお世話が日課になっていた私は、鈍重な岩になった両足を引きずりながら、ガヴのアパートへ歩を進めた。

きっとあのものぐさ天使の事だ。
私の世話がなければ、部屋が荒れ放題に違いない

そうだ。久しぶりに二人でどこか遊びに行こう。
さっきのオーシャンランドなんていいんじゃないか。

彼氏さんとの時間も大切だろうけれど、そればかりだったらきっと飽きてしまうだろう。
昔からずっと一緒だった友人とリフレッシュすることで、新鮮な気持ちを長持ちさせられるのではないか。

私は知らぬ間にお腹を押さえていた。
便秘とかそういうことはないはずだけど、形容しがたい圧迫感のようなものが鎮座している。

陽光が強いのか、世界から酸素が喪われてしまったように、何度かふら付いた。


24: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:17:23.013 ID:z+3dqXID0.net

「暑いなかよく来たなー。
とりあえず座布団でも座って待ってて、お茶持ってくるから」

目を疑う、というのはこういう状態のことを指すのだろう。
ゴミがうず高く積み上げられていた惨状は奈辺にいったのか、フローリングは中天の太陽を反射して輝き、ベッドシーツもホテルマンが整備したように四辺が折り畳まれている。

ゴミ袋なんてどこにもないし、薄型の液晶モニタの真横には『プラ』『燃える』『燃えない』と書かれたプラスチックの箱が仲良く並んでいた。

その隣では新型の掃除機が、無言でその存在感を主張している。
吸引力の変わらないただ一つの掃除機。でも汚い部屋は変わってしまった。

綺麗になったのは部屋だけじゃない。家主たるガヴの姿にも変化があった。

「……なにさ、じっと見て」

「髪」

「あ? ああ。こっちの方が似合うって言われてさ。
ラフィに頼んでヘアセットのやり方教えてもらったんだ」

「そうなんだ」

誰に似合うって言われたのか、私の関心は激しくそこに吸い寄せられた。近づくたびに電流にあてられて、何かがボロボロになっていくのがわかった。

「それに、部屋片付けるようにしたんだ。
こんなんでいいのかーってMからこっぴどく叱られちゃってさ」

鶴の一声ってやつだろうか。
私が何べん言っても動いてくれなかった重たい腰は、
恋によるスペシャルパワーによって軽々と持ち上げられてしまったわけである。


26: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:18:39.727 ID:z+3dqXID0.net

透明なグラスに麦茶を注いで持って来てくれたガヴは、いつもと違ってジャージの下も履いていた。

カラン、と氷が溶けあう音が聞こえる。
風鈴のようなそれに耳を傾けていると、ガヴはどこかバツの悪そうに言った。

「……ごめんな。これまで、私はずっとお前を束縛してきた」

「え?」

間抜けな音で返事をした目の前の悪魔を見て、やはりガヴは目を背ける。

「でもさ、これからは自分でやることにしたよ。
ヴィーネにだってヴィーネの時間があるだろ?
いつだって、甘えちゃいられないもんね」

「誰の」

入れ知恵なの?
……そう続けようとしたけれど、上手く言葉にできない。
そこには明るい色と暗い色の二色があったのだが、とりわけ広い面積を占めていたのは暗い色の方だった。

「いや、自分で一念発起した。
Mも真面目に勉強してるし、もう二年も夏だろ。
私たちも進路を考えて動き出さなくちゃいけない時期でもある」

ガヴは自分の分の麦茶で喉を潤すと、

「だから、大分出遅れた一歩だけど、自力で頑張ってみることにしたんだ。
これまでありがとうヴィーネ。でも困ったら、助けてよね」

そうしてはにかんだガヴを、私はどんな顔で見送ればよかったのだろう。
見送る? ガヴは目の前にいるのに、どうしてそんな表現を用いたんだろう。

「……ごめん。ちょっと御手洗借りるわね」

「あいよー」


32: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:22:04.976 ID:z+3dqXID0.net

夜の帳が降りた。

私は一人ぼっちの部屋の掛布団のなかで、今日という一日を思い出す。
すると、抑圧してきていた胸の錠前が、木端微塵に砕け散る音がした。

近所迷惑になるとか、頭がおかしいと思われるとか、そんなことは最早気にならなかった。

「っ、うああああああああああああああああ!!!!!!!!!」

喉が破れるくらいの声量で、私は感情をぶちまける。

頭蓋骨を叩き割るほどの勢いを着けて枕に頭を叩き付けた。
ベッドシーツを破きかねない強さで握りしめて、なんなら引き千切ってしまおうかと力任せに引っ張る。

手足のむずむずが再発した。
私は手の平に爪が食い込むにも関わらず、固く拳を握りしめる。
枕に顔をうずめたまま、思い切り頭の真横をぶん殴った。
ベッドのスプリングが軋みの悲鳴を上げて、手ごたえを返してくれる。

それが楽しくって、気付けば私は半狂乱で笑いながらベッドを殴り続けていた。

頭の中に濁流の渦潮が発生していた。
汚い言葉がマシンガン顔負けのスピードで思い浮かんで、差し詰めデスメタルのように口の端から漏れ出る唾液と共にぶちまける。

喜びを伴った破滅的な感情を受けた私は、瞳をこれまでないほどに見開いていた。
このままじゃドライアイになるなと、私は他人事のように考えていた。

「あはっ、あははっ、あはははははっ!」

笑う度に、純白のベッドシーツが黒い染みを作った。

それが私の頬を伝ってこぼれる雫によるものだと気づくまで、しばらく時間を要することになる。


33: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:23:01.136 ID:z+3dqXID0.net

「……あれ? ヴィーネ。おはよう」

「あ! おはようガヴ! 今日もいい天気ね!」

「え? お、おう……」

「話しかけてくれたところで悪いけど、私委員長にちょっと呼び出されてるから行くわね! ガヴも学校まで来て授業さぼっちゃ駄目よー!」

「あー、うん。そんなことしないよ。Mにだって散々言われたことだし」

「そっか! それならよかったわ!」

「……お前、大丈夫?」

「なにが?」

「いや、テンション。おかしいからさ」

「ふふん! ちょっと機嫌がいいだけよ! それじゃあね、ガヴ!」

「……ああ。じゃあね、ヴィーネ」

考えるのを止めてしまえば、
楽になれることに気付いた。


37: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:25:34.904 ID:z+3dqXID0.net

映画を観ているようだった。
あるいは、私というロボットのコクピットで操縦しているような感覚。

夏が来て、水着姿の二人の笑顔が送られてきた。

秋が来て、彼女は積極的に仮装した。自分に似合う衣装を見繕ってくれという願いを、私は無碍にすることができなかった。

冬が来た。クリスマス、仏頂面でターキーを頬張っていた少女はそこにいなかった。
どこで誰と会っているのだろうと考えようとする脳みそを、ぐちゃぐちゃに打ち砕いてやりたかった。

大晦日、ラフィとサターニャと私。いつもの三人で神社を訪れた私の視界に、見慣れた二人の影が映り込む。冷やかしに行こうとするサターニャを、ラフィは楽しげに制止した。
それはさながら心霊写真のように、背筋に冷たいものを呼び起こさせる。

あの子は少しずつ、しかし着実に、堕落の時計を巻き戻していった。

私が私の制御下を離れ、勝手に駆動している。

ヴィーネという存在が行うであろう行動をとり、言葉を発し、感情を動かし、そして誰かと接する。
それは、どこか遠い誰かが私をAIで動かしているようなものだった。
そうしている間、私の本当の部分は、奥深くでひたすら目を瞑って泥のような眠りに落ちていた。否、落ち続けていたと表現した方がより的確だろう。

それは取りも直さず逃避だった。
解離性同一障害――多重人格障害の前兆として、急速な離人感が例として挙げられる。
私が味わい、そして甘受しているこの感覚こそが他ならぬ前兆だったのだが、そんなことにさしたる関心も湧かなかった。

こうしてこのまま、自分という広大な太平洋に溶けてしまおう。
フラットでフレッシュになった新しい自分に、この身体を預けてしまおう。

深海で、水面を切り裂いて差し込む光さえ届かない闇の最奥で、
思い出の余熱を抱きしめたまま、永遠に目と耳を塞いでいよう。


38: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:27:39.082 ID:z+3dqXID0.net

そうして、三年目の四月も終わりを間近に控えた時分。

「――っ!」

銃弾で撃たれたようなショックと共に、私の意識は現実世界へ帰還した。
溺死寸前で救出されたように酸欠に喘ぎながらも、私の眼精は、確かにその後ろ姿を捉えていた。

脳裏に描かれる、もう表面をなぞることさえ叶わない、尊い思い出。
私とガヴが、初めて会った日のこと。

あの日のままの姿をしたガヴが、私の前を歩いている。
隣には、少しだけ猫背の男。
ガヴの方へ伸びた手は、二人の仲を象徴するように結ばれている。

ガヴがMの方を向いて顔を上げた。
私しか知らないはずだった天使の笑顔が、事実を伴って厳然とそこにあった。

私のなかで、最も触れられたくない光が、
脂ぎった両腕によって、引き千切られたのを見た。

遺された砦は、それが最後の一つだったみたいだ。
ぐわんぐわんと耳の奥から気持ちの悪い音が鳴り響いたと思ったら、今朝食べたいろいろな物が食道を逆流してくるのを感じる。

私のなかに、こんな嫌悪を飲み下すかどうかの葛藤が生じた。屋外で嘔吐することについてのみっともなさは、判断の天秤に乗せられてさえいなかった。

「……ガヴ」

喉仏から力を抜く。
するすると、あらゆる感情が這いあがってくるのを感じた。

そうして私は嘔吐する。
このまま魂さえも吐き出せてしまえば、とても楽になれるだろうに。
惜しいなあ。ほんと。


41: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:30:42.474 ID:z+3dqXID0.net

口の周りを拭きとって、教室に入った。
変わっていて欲しいのに、昨日を状態保存したままの教室が、私を出迎えた。

「あ、おはようございますヴィーネ!」

明朗闊達とした声が飛んでくる。
そこにいるのはまさしく輝きの体現だ。顔つき、立ち居振る舞い、雰囲気。なにをとっても私たちから一歩進んだステージにいるのだと思い知らされる。

「おはようガヴ」

だからこそ、だろうか。
そんな彼女に狂おしいほどの渇望を覚えた。全身から一切の水分が抜けだしてしまった時みたいに、このガヴを犯したくてたまらなかった。
今ならわかる。きっと初めからそうだったんだ。

でも、とっくに先駆者が――駄目だ。そんなことを考えてはならない。

下半身の疼きを耐えた私は、努めて自然な笑顔を装うと、

「イメチェンしたんだ。似合ってるわよ」

「あ、はい。Mさんと一緒に昔の写真を見てると……その、昔のガヴリールも見てみたいと言われまして」

粉末状になった赤い破片が、頭の隅っこに堆積していくのをぼんやりとイメージしていた。

「それで……その方がもっと可愛い……だなんて言われちゃったんですよー!」

両頬に手を置き、幸せ絶頂といった笑みを浮かべるガヴ。ラフィかサターニャがこの場にいたら、いつものことかと受け流すくらいには見慣れた光景だ。

それは私も同じことなのに、頬がひきつるのを抑えられなかった。
これまでとは比較にならないほど、克明に胸が激痛を訴えている。心臓が波打つたびに流れる血流が、お腹を突き破ってそのまま溢れ出てしまっているみたい。


42: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:33:54.099 ID:z+3dqXID0.net

ラフィの方へ視線を向ける。
クラスの隅でサターニャと進路調査のプリントを広げて、真剣そのものと言った表情で苦吟していた。

私はまだ、白紙のままだった。

行き詰ったのかサターニャはMの名を呼ぶ。Mは男子グループから離れて、サターニャたちの元へ歩み寄っていった。

「ヴィーネ? 大丈夫ですか?」

まるで出逢った当時のような、いいや、それをそのまま持って来たかような純粋な視線。
恋とはここまで人を変えてしまうものなのかと、側頭部を殴打されたような衝撃が走った。そんなものは少女漫画や映画のなかだけの話だと思っていた。

そして、戻されてしまったということは。

私だけが知るガヴが、この世界から完全に消滅してしまったことを意味していた。

喉に痰が絡み付く。前頭葉で小型の爆弾が炸裂する。海馬から触手が伸びて、ありとあらゆる機能を壊して回る。

ここから消えてしまいたかった。
椅子取りゲームに負けたんだと、遠い記憶を思い出すように感じ取った。

「あの、具合が悪いなら保健室行きますか? 酷い表情してますよ?」

「……大丈夫。大丈夫だから」

「そう、ですか? もしも本当に辛かったら、今みたいに無理せず言ってくださいね」

「うん」

無理してるっていうのはわかるくせに、私がどんな気持ちなのかはわからないんだ。


44: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:37:06.321 ID:z+3dqXID0.net

昼休み。
なんとなくみんなのところに居づらくなった私は、屋上で無意味な時間を積み立て続けていた。

Mが私たちと一緒に食事をとっているわけではない。

彼には彼のグループがあるし、あの男が彼女の友人だからと言って女子の集団に混じる度胸を持っているはずがない。
色々なものの安定が急務である私にとって、それは好都合だった。

けれどこうして自分から孤独へ歩み寄るのは、たぶんガヴを直視するのが辛いからだろう。
魔界にいたころ、いつもそうやって時間を潰していたように、ぼんやりと空を眺めた。

洗いたての毛布みたいに柔らかい日差しに満たされた青空は、遮るもの一つなくそこにある。確かガヴにはじめて会った日も、こんな光があったように思えた。

皮肉なものだ――私は頬を少し吊り上げた。
あの日と今日とでは、意味も思考も180度異なってしまうのだから。

けれど、こんな状態で逝ってしまえれば、どんなに幸せなのだろう。
ふと、視界の端を伝った涙を拭った。

私はスマホを起動して、ちっぽけなカートリッジに保存された光の集積を呼び起こす。

ガヴ。ガヴ。ガヴ。ガヴ。ガヴ。ガヴ。ガヴ。

Mと並ぶガヴ。
Mと幸せなガヴ。

私はただ嫉妬して、横恋慕しているだけのお邪魔虫。

ガヴの仕送りは回復するどころか、日増しに多くなっていっているというのはラフィから知らされた情報。

――ガヴちゃん、全盛期に戻りつつありますからね~。


47: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:42:26.902 ID:z+3dqXID0.net

あの空への道を塞ぐように、屋上には背の高い柵が張り巡らせてあった。

金網を握り潰すようにつかんで、上履きの爪先を柵に引っ掛ける。
そうして腕に力を入れれば、痩せぎすの身体を簡単に持ち上げることができる。

遥か眼下にそびえるグラウンドを目にした瞬間、
氷の巨人に握り潰されたような恐怖心を感じた。

際限なしに荒くなる呼吸を強引に抑え込みながら、私はベンチに戻る。
自分の頬を思い切り殴ってから、頭を抱えた。

「あ! いましたヴィーネ!」

ガチャリという音と共に現れたのはガヴだった。

「もう、昼休み始まった瞬間にどこか行っちゃうんですから。心配しましたよ?」

可愛らしく頬を膨らませて、ふんすと仁王立ちするガヴ。
あざといまでの所作だけど、私には本気の心配が伝わってきた。
生来から優しい彼女のことだから、きっと朝のことを気にしていてくれたのだろう。

「……ああ、うん。ごめん」

「ほら、みんな心配してますよ」

私とは違う種類の笑顔のまま、ガヴは手を差し伸べてくれる。
後光のように、西へ傾き始めた太陽が彼女の背中を照らした。

そんな姿は、なによりも眩しく私の目に映った。

このまま見守ろう。
もういいじゃないか。彼女は幸せなんだ。

Mの顔が脳裏をよぎった瞬間、私の大切なものが遂に死んでしまったのがわかった。


48: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:44:01.632 ID:z+3dqXID0.net

放課後になって、ガヴとMが近づいてきた。

「ヴィーネ、もし下校中に倒れたら大変です。私たち送って行きますから」

ガヴは悪意もなにもなく、向日葵みたいに笑った。

「うん。ありがとう、助かるわ」

「月乃瀬さん大丈夫? なんか、死んだ魚みたいな目してるけど」

「そう見える? あはは、私アンデッドなのよ」

「お、おう?」

Mは異文化コミュニケーションのように曖昧な笑顔を浮かべた。
私に対しての遠慮とか恐怖とかが透けて見える表情だった。

そのまま三人で校門を出る。
ラフィとサターニャはどこにいるのかわからなかった。


51: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:46:01.706 ID:z+3dqXID0.net

下校中は学校と進路の話をした。

ガヴはMと同じ大学へ進学するつもりらしく、
実は去年の夏あたりから受験勉強を始めていたそうだ。

「ヴィーネはどうするんですか?」

「ああ、魔界に帰るわよ。とくにやりたいこともなかったし」

「人の役に立ちたいって言うのは?」

「魔界の人の役に立つ……に方針を変えたの」

「成程。ヴィーネならどこでだってやっていけますよ。陰ながら応援してます!」

気は使えるのに、どうして私の嘘には気付けないのだろう。

「……あーあ、もう四月も終わりですか」


52: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:49:10.683 ID:z+3dqXID0.net

ガヴのポケットから軽快な着信音が流れて、彼女は私たちに断って電話に出た。

雲行きが怪しい。遠くに暗雲が立ち込めていた。
あの調子だったら、三十分後くらいには雨に降られるのではないか。

昼間とは打って変わって悪くなった天気を観察していると、いつかみたいに申し訳なさそうに眉を下げたガヴが戻ってくる。

「ご、ごめんなさい……お姉ちゃんから呼び出されちゃって……可及的速やかにって。
本当に悪いんですけど、M。ヴィーネを一人で送ってあげてくれませんか?」

「あ、ああ……」

Mは一瞬、私をチラリと見た。

「いいかな、月乃瀬さん」

「ああ、うん。いいわよ」

どうでも。

「ごめんなさいヴィーネ! この埋め合わせはいつかしますから!」

「……そんなことより、ガヴは受験勉強に専念しなきゃじゃないの?」

「もう、意地悪なこと言わないでください!」

ガヴは私たちに背を向けて、学校の方へ走り去っていく。
人の少ないトイレの個室なんかで、天界までの魔法陣を開くのだろう。

後ろ姿が見えなくなったところで、私たちはぎこちなく歩き出した。


53: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:52:21.987 ID:z+3dqXID0.net

「月、乃瀬さん……」

Mは黒板を引っ掻いたような声を出した。
私は眼球をそっちの方へ動かしてやる。

「俺のこと、実は嫌い?」

「はぁ、私が」

「う、うん」

思わず鼻で笑ってしまいそうになった。
凝固した溶岩の裏では、ドロドロとした赤い流動がある。

それは固まったかさぶたを砥石代わりにして、殺意の刃を研ぎ澄ませている。

「さあ、どうなのかしらね」

「そんな……嫌いならハッキリ言ってくれよ。俺も、どうしていいかわからないだろ」

「じゃあなに、私が好きって答えたら私と付き合うの?」

「それは……」

Mは私の言葉に対して純情な反応を返した。
赤くなった顔をコンクリートに向けて、悔しそうに歯を食いしばっている。

周囲には人通りはなく、うらぶれたという言葉を街並みで表現したような通りが広がっている。

Mは激しくバウンドするスーパーボールみたいに落ち着きのない視線を晒している。
あっちを見たりこっちを見たり、挙動不審者と警察に通報したら連行していってくれるだろうか。

歩く速度を落としたMを追い越して、私はさっさと先へ進む。
なんならこのまま撒いてしまってもよかったけど、ガヴの手前それはやめておいた。


56: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:55:48.272 ID:z+3dqXID0.net

「……お、俺は」

背後から絞り出したような声が飛んでくる。

「ガヴリールに申し訳ないから、そんなことはできない」

振り返ってそいつを見てみれば、一丁前に覚悟を決めたような目をしていた。

当たり前のことをしただけなのに、なにを誇らしげにしているのだろう。
もしかすると自己愛性人格障害なのか。
恋人の友人の甘い誘惑を退けて、清純なる愛を守ったとでも思っているつもりなのだろうか。

そんな誇大妄想を心底気持ちが悪いと感じた。
背筋が震えるレベルだった。

「だからごめん。月乃瀬さんの気持ちには応えられない……」

気持ち悪い。
気持ち悪い気持ち悪い。

――気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!

こいつの頭を斧でかち割って中身を見てみたい。
どうすれば私がお前に好意を抱いていると思えるんだ。

むしろその逆。お前さえいなければよかったと思っている。
お前さえこの世に存在しなければ、ガヴは私だけのものだったんだ。
そうに違いないんだ。
だって私はずっとガヴのお世話をしてきた。
ラフィよりサターニャよりタプちゃんよりゼルエルさんよりハニエルちゃんよりガヴのご両親よりもガヴの近くにいたはずなんだ。
それなのにお前が私の安寧を奪い取った。

お前が憎い。
お前を生んだ両親もろとも、この世から消し去ってやりたいのに。

あまつさえ、私が自分に嫉妬していてくれたと勘違いしたの?

もう死ねよ。お前みたいな害虫風情が生きているだけで不愉快なのよ。


57: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 01:59:39.435 ID:z+3dqXID0.net

「……そうだ」

消し去ってやる。それはとてもいい考えのように思えた。
この道はほとんど人通りがない。生徒の一部ではゴーストタウンとして無謀でささやかな冒険心を満たすための場として機能しているくらいだ。

下半身に目を向けると、そこには八つ裂きにしてやりたい強直があった。

こんなもので、私のガヴを。
こんな浅ましい生き物が、私のガヴを。

それはとりもなおさず、こいつがガヴの恋人であるにも関わらず、私に都合のいい期待を寄せたことを表す証拠でもあった。

「月乃瀬さん?」

そいつは媚びへつらうような笑みを浮かべながら、私を見上げた。
私は横目で、ざらついたコンクリートの壁が近いことを確かめた。

偽装の魔力を解き放って、悪魔の力を自由にしてやる。
黒い翼と山羊みたいな角が、幻惑の檻から解き放たれた。

「え、ちょ、なに……その姿」

私は悪魔の膂力を振るう。

下界へ留学する直前に、悪魔の身体能力は下界の民を軽く超えるから行使してはならないと厳命された記憶が蘇った。
それは期限が過ぎてしまったクーポン券みたいに、一つたりとも効力を持たなかった。

鼻血を垂らしながら倒れ込むMの後頭部を、バスケットボールのように掴んだ。
メキメキと音を立てて、頭蓋が割れていく感触が心地よかった。

白亜のコンクリートに視線をやった。


58: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 02:03:54.581 ID:z+3dqXID0.net

叩き付ける。その度にMの身体がビクンと震える。
白いコンクリートが、人によって造られたペンキで赤く染め上げられていく。

手の中から、死にかけの豚みたいな喘鳴が耳に届いた。
もう一度叩き付けた。

もう一度叩き付けた。

もう一度叩き付けた。

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も


63: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 02:09:01.064 ID:z+3dqXID0.net

「ひぃっ……!」

何か音が聞こえた。
その方向を見ると、人間が一人、私を指差して震えている。
その形相ときたら、まるで鬼か悪魔にでも遇してしまったような恐慌っぷりだ。

どこか遠い所で、『私』が思考している。

このままじゃ警察に通報されて、面倒くさいことになる。

ガヴと一緒に観たアニメで、「目撃者は消せ」という台詞が記憶の底から蘇ってきた。

その人間はなんどもつっかえながら、情けない走りでこの場から逃げ去ろうとする。
今は混乱の極みで通報という行動は念頭にないだろうけど、後で冷静になられると厄介だ。
私の顔も制服もばっちりと見られてしまったのだから。

追いかけようとした瞬間、何か片手が重たいことに気付いた。
見てみると、人っぽい形をした丸くて赤い肉の塊が、私の手の中にあった。

赤の中にほんの少しだけ白い色が混ざっている。
てかてかと光るそれは、骨のようにも見えた。

「……なにかしらこれ」

こんな汚いものを拾う趣味はないんだけど。
世のなかにはおかしなことがあるものだ。
私は首を傾げつつもそれを放り投げて、逃亡者の背中を追いかけた。

その夜。
夕食代をおろすため口座にアクセスすると、仕送りがドッと増えているのに気付いた。


65: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 02:12:12.463 ID:z+3dqXID0.net

次の日の朝はいい気分で目が覚めた。
お天道様もそんな私の内面を反映したかのように、青々と澄み渡っていた。

テレビのニュースを着けると、なにやら剣呑な見出しが飛び込んできた。
『黄昏時の悪夢! 舞天で繰り広げられた酸鼻を極めた連続猟奇殺人!』

どうやら被害者は二名。一人は私が通う学校の男子生徒だそうだ。
彼は顔面とダンプカーが衝突したような有様で、
眼球も鼻も口も歯も……とにかく顔面を形成する要素のことごとくが完膚なきまでに潰されていたそうだ。

私の脳裏に、額の骨が割れて、トローリと脳みそが溢れ出ているイメージが浮かんだ。

「うわ、物騒ねー……」

とはいえ、自分とは関係のない生物が死んでも、そう感傷的にはなれない。
残酷なようだけど、心とはそういうものだ。

ただ、ガヴ達に気を付けるように伝えておかなくてはならないだろう。
サターニャにはラフィが抜かりなく報告するだろうから、私は今日の行きがけにガヴに教えてあげよう。

あの堕落を煮詰めた駄天使のことだ。どうせニュースなんて見ていないに違いない。

私は歯を磨いて制服に袖を通すと、鼻歌混じりにドアを開けた。
まるでスポットライトのような日差しが、私に突き刺さった。


67: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 02:16:04.790 ID:z+3dqXID0.net

ガヴの部屋に入ると、まず去来したのは違和感だった。

あれ? ガヴの部屋って、こんなに片付いてたっけ……。

寝室へと続く扉は閉ざされていて、その中までがどうなっているのかわからない。
私は舌で犬歯を舐めながら、その扉を開いた。

「誰ですかっ!」

鋭い声が飛び出してきて、私は水を掛けられたように身を竦ませた。

「わ、私よガヴリール! ヴィーネ! ヴィネット!」

「……ヴィーネ、ですか?」

掛布団を頭から被った塊が、愛おしささえ感じさせる動作でこちらを振り向く。
目の下にクマを作って、涙目になっているガヴは、なんだかいつも以上にかわいらしく思えた。

私は彼女を安心させるように微笑むと、

「うん、そうよ。あなたの親友のヴィーネ」

「ヴィーネ……あぁ、ヴィーネ!」

やにわにガヴは息せき切って胸に飛び込んできた。
背中をギュッとホールドされて、頭をうずめられて、身動きが取れない状態だ。

そのままガヴは、なにか悲しいことでもあったかのように、わんわんと大声で泣き始めた。
その様子を見た私は、さっきのテレビとは非にならない胸の痛みを覚える。
でも同時に、満たされたという実感も得ていたのが不思議だった。

「大丈夫よガヴ。私がついてるわ。泣かないで」

優しい言葉をかけてあげて、その不安をふき取るように頭を撫でてあげた。
ガヴは抑えが利かなくなった幼女のように、心の涙が尽きるまで泣き続けた。


68: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 02:17:42.896 ID:z+3dqXID0.net

「ガヴ……そろそろ学校に」

「嫌、です……」

「どうして?」

「……」

ガヴはなにも答えない。次の言葉を投げかける代わりに、彼女を強く抱きしめた。
白いうなじがやたらと気になった。

「……ヴィーネぇ」

「うん」

「Mが」

その名を聞いた瞬間、ギロチンで斬首されたような衝撃が加わった。

「……殺され、ちゃったんです」

ガヴの首筋を、もう一度目にする。
そこには、赤いアザのような痕があった。

ちょうど、それは、唇くらいの大きさだろうか。

――。

――――。

――――――ああ、うん。そうだったわね。

ガヴの身体、もう、汚いんだ。

ガヴの身体、もう、知られちゃってたんだ。


70: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 02:20:46.557 ID:z+3dqXID0.net

新しいガヴの顔が見たい。誰も知らないガヴが見たい。

「……ヴィーネ!?」

彼女の身体を思い切り押し倒した。

「ちょっ、ヴィーネ……なに、を……!」

そのキスマークを隠すように、ガヴリールの細い首筋へ両手をあてがう。

「がっ……び、ね……やめ」

酸素を求める魚のように、ガヴは大きく口を開けた。口の端から唾液が漏れていた。

「……ヴぃ、あっ……う゛ぁ……びっ……ね……やめ、て」

ガヴの目が、次第に焦点を失っていく。
ガヴの舌が、次第に動きを鈍くしていく。
ガヴの顔が、次第に赤黒く染まって行く。

この表情は私しか知らない。

ガヴの両親も。
ゼルエルさんも。
ハニエルちゃんも。
ラフィも。
サターニャも。
タプちゃんも。
マスターも。
調理部も。

……Mも!


71: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 02:22:50.553 ID:z+3dqXID0.net

「……」

「…………」

「……あれ? ガヴ? どこー?」

「もう、昨日一緒に登校しようって約束したのに……」

「本当にしょうがないんだから」

「……あれ?」

「……あ」

「…………」

「うわ、あ……」

「……………………ひぐっ」

「ぐすっ、ひっく……う、あ……」

「うわああああん、うわあああああああん、うわああああああああん」

END


81: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 02:25:19.681 ID:z+3dqXID0.net



79: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 02:24:31.685 ID:QU4ZTf9a0.net

もうちょい絶望的な終わり方でもええんやで
でも面白かった乙


92: 以下、\(^o^)/でVIPがお送りします 2017/07/03(月) 07:27:27.581 ID:ifmF9gpY0.net

素晴らしいな乙
男ができる系が一番鬱だわ



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