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春香「夏休みと駄菓子屋さん」

1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 13:58:04.10 ID:6+uytdYn0

「じゃーねー」

「お仕事頑張ってねー」

「うんー! ありがとー!」

ブンブンと手を振って自転車を漕ぎ出す。


高台にある学校は、行きは地獄で帰りはジェットコースターみたいだ。

もちろん全開で走るなんて事はしない。

軽くブレーキをかけながら、一番気持ちいいのスピードを維持して坂を下りていく。

元気一杯の太陽はアスファルトを焼いて、陽炎が出来るほどに暑い。


背中が汗ばむのを感じて、私は少しだけスピードを上げた。

リボンが軽く引っ張られて髪が後ろに流れていく。

「いやっほー!」

誰もいないことを確認してから声を出した。

遠く遠く、視界一杯に広がる街は茹だっているようで、それでも見下ろす景色は心躍らせるものがあった。


今日から夏休みなのだ。


4: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:04:29.99 ID:6+uytdYn0

私はアイドル……の卵をやってる。

小さな事務所に所属していて、まだお仕事はないけどレッスンはちゃんとしてるし
担当のプロデューサーさんもいる。

子供の頃からの夢がもうすぐ叶うようで、なかなかに手が届かず、なんとも宙ぶらりん。

でも、夏になれば。

何かが変わってくるような、そんな気がするのだ。



「おっとっと……」

坂を下りると赤信号だ。

何度かに分けてブレーキを絞り、きちんと白線の前で止まる。


授業がないおかげで空っぽのカバンからは筆箱のダンスがカタコトカタコト。

交通量は少ないけどうっかり転んだりしたら大惨事になったりもするので注意しなければならない。

お父さんは今でも私の自転車通学にいい顔をしないのだ。

失礼な。


5: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:08:01.39 ID:6+uytdYn0

風が無くなると途端に足元から熱気が登ってきた。

ムワっと擬音を伴って、全身にまとわりつくと頭がフラフラするほどだ。

「あっつーい……」

一気に汗が噴き出してきた。

見上げれば大きな雲が見当違いの方向で昼寝している。

セミの声があちこちから聞こえてきた。


8: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:14:03.19 ID:6+uytdYn0

「ん、そういえば」

私は家の方向より少し西側にタイヤを向けた。

思い出した事があるのだ。


シャーシャー、とタイヤかチェーンかわからないけど軽快なリズム。

それにあわせてペダルを踏み込んで加速する。


通りを抜けて道路を三本またぎ、細い路地に入った。

「うわ……、通れるかな」

道は記憶よりもずっと狭く、自転車を降りる必要があった。

狭い道で引っ掛けないように気をつけながら、自転車を押して歩いた。

密集した家のどれかから野球中継と炒め物の音がする。

ついつい匂いを嗅ぎそうになって「ダメダメ」と独り言が漏れた。

室外機の前は足早に、濃い日陰の中はのんびりと。

そうやって私のペースで進んでいくと小学校が見えてきた。


9: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:19:11.18 ID:6+uytdYn0

私の母校だ。

とっくに生徒は家に帰っていて、学校も夏の暑さにうんざりしてるみたいに静かだった。


「まだ壊れたままなんだ。いつ直すんだろう?」

外から丸見えのプールは、備え付けの時計にヒビが入ってる。

気がついたときにはもう壊れていたので、えーと……。

「6、3、1……」

少なくとも10年はあのままだ。

もしかしてずっとあのままなんじゃないだろうか? 

なんておせっかいなことを考えてたら目的地に到着した。


スタンドを降ろして、鍵をかけ……ようとしてやっぱりやめた。

あの頃はみんな鍵なんてかけてなかったし、今はそういう気分なのだ。

カゴにカバンを入れたまま、私は開けっ放しの扉を潜る。

駄菓子屋さんだ。


11: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:24:37.25 ID:6+uytdYn0

ベッドタウンとして発展してきたこの街の歴史は存外浅い。

今みたいな姿になったのはせいぜい5,6年前からだ。

当時小学生だった私たちにとって、それは目まぐるしくもワクワクするような体験で
一月ごとに新しい建物が出来ていくさまは、早く大人になりたいと思わせるに十分な出来事だった。


『東京のなんとか言うお店が今度できるんだって』

『あの有名人行きつけのブランドが駅向こうに』

『カラオケボックスが出来たからみんなで行こうよ』

等々、中学に上がったころからこんな会話は日常茶飯事だった。



じゃあそれまではどうしてたのか? と聞かれれば、答えはここである。

小学生の行動半径は広いようで狭い。

だから私たちがお買い物、と言えばこのおばあちゃんのお店か、スーパーの買出しに付き合うことを指していた。


12: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:28:45.63 ID:6+uytdYn0

「…………」

無言で入ってしまった。

ことさら声をかける必要はないのだけども。

足が遠のいたことがなんとなく、後ろめたかったりもする。


おばあちゃんのお店―――正式な名称は知らない。みんなそれで通じていた―――は
最後に来たときと全然変わっていなくて、子供に戻ったような気分だ。

昼間でも薄暗いお店は狭くて、ゴチャゴチャと商品が置かれている。

最近とみに成長してきたお尻に気をつけながら店内を一周した。


13: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:34:04.45 ID:6+uytdYn0

「うーん……懐かしい」

思わず呟く。


原色の派手派手しいお菓子。

微妙に細部の違うキャラクターものの模型。

スーパーボールや小さな編み物が出来るおもちゃ。

錆びていて動くかどうかも怪しいゲーム。

そして申し訳程度に置かれた文房具。


本当に変わっていない。

手抜きなんかじゃなくて、たぶんコレで完成しているのだろう。

手書きのポップには10円単位のお菓子が無造作に配置されていて、
一般的な高校生のお財布なら食べきれないほど買えてしまいそうだ。

小学校から帰って、宿題もやらずに外へ飛び出して、握り締めた小銭でどれを買おうか真剣に悩んでいた私。

そういう時代もあったんです。


16: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:39:12.47 ID:6+uytdYn0

あの頃の意趣返しではないけど、ここは一つ大人買いと言うのをしてみようかな?


油菓子はカロリーが気になるのでアウト。

おもちゃはプロデューサーさんにからかわれそうなので無し。

模型は趣味じゃないし、文房具は間に合っている。

と、なれば必然的に買うものは決まってくる。


「アメ、かな?」

目に付いたのは大きな飴玉。

これならみんなに配ってもおかしくないだろう。

チョイスの基準が昔と違いすぎて、少しだけ、淋しかったりそうでもなかったり。

ノスタルジックな雰囲気にやられてしまったようだ。


17: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:45:01.08 ID:6+uytdYn0

パンチで穴の開けられた紙袋が、ビニール紐に吊られている。

ブチっとちぎって息を吹き込んだ。

茶封筒よりも一回り小さいそれになるべく偏らないように色を変えて詰め込んでいく。

コロコロコロコロ。

飴玉がぶつかりあって、表面に吹き付けられた荒い砂糖が削れて紙袋の下のほうに溜まっていった。


ブォーン。

扇風機が回りだした。

「いらっしゃい」

「あ、どうも……」

おばあちゃんがお店の奥から出てきたのだ。


お店は自宅の一部を利用しているので、ガラス戸を開けるとそこでおじいちゃんが昼寝をしている事があった。

おばあちゃんと違って、おじいちゃんはちょっと怒りっぽくて怖かった記憶がある。

どっちにしろ久しぶりすぎてなにを話せばいいのかよく分からないのだけど。


18: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:49:21.99 ID:6+uytdYn0

悪いことをしてるわけじゃないのに、なんとな~く気まずくなって、私は無言でおばあちゃんに紙袋を渡した。

おばあちゃんは昔とおんなじシワシワの、昔より少し小さくなった手で、飴玉を一個一個数えだした。

何も言わないけど、私のこと覚えてないのかな?

自分からは言い出せないのに勝手なことを思ってしまう。


「220円です」

「あ、はい」

財布から小銭を取り出して、

「んと、ちょっと待っててくださいね」

「はいはい」

ノンビリした返事を背中に受けて外に出た。


カッと照りつける夏は、むしろ四季を感じて好印象だ。


20: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:53:24.21 ID:6+uytdYn0

私はこれまた年代もののクーラーボックスからアイスを一つ取り出した。

アイスじゃないか。


カキ氷に砂糖水をかけただけの代物で、いわゆるみぞれである。

夏になると学校のプールに入り、帰りにはここでみぞれを食べていくのが私の夏休みだった。

他のアイスよりもずっと安いのもあるけれど、私はこの素朴な味が大好きで、
お母さんに「お腹を壊すから気をつけなさい」といくら注意されてもやめられなかった。


一番奥のカチカチに凍ったやつを取り出すと、手が痛くなるほど冷たい。

溶けないように触る部分は少なめにお店に再度突撃した。


22: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 14:59:27.31 ID:6+uytdYn0

「これで、全部?」

「はい、お願いします」

短いやりとりの中にも懐かしい思い出は一杯だ。


お金が足りなくて泣き出してしまった子を優しくあやしたり、

はしゃぎすぎてお店のものを壊してしまった男の子を叱ったり、

天気のいい日には表のボロボロのベンチに座って一緒にお喋りしたり、

お店と同じくらいおばあちゃんには思い出がある。



セミと扇風機が歌ってる。


「…………」

「…………」


だけど、中途半端に大人になってしまった私は、そういう話をすることがすごく難しくて
小銭を渡して、お釣りをもらって、まるでコンビニで買い物するみたく無言でやり取りしてしまった。


23: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 15:05:10.89 ID:6+uytdYn0

どこかで風鈴の音がした。

優しくて涼しい音色だ。


ささくれの少ない場所を選んで、私はベンチに座りながらカキ氷を食べている。

冷たくて甘くて小学校のプールと夏休みの味だ。


お店には私以外のお客さんは来ていない。

半分趣味でやってるようなものなんだろうけど心配だ。

これでやっていけてるのだろうか?


コツン、と木のスプーンが底を打った。

錆びた灯油缶のゴミ箱に、カキ氷の容器に全部を納めて放り込んだ。

「うーん……、行きますかぁ」

大きく背伸びをしながら自転車に歩み寄る。


24: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 15:08:07.92 ID:6+uytdYn0

「へっへー、オレいちばーん!」

「ずりーよ! オマエ横断歩道でも自転車乗ってたじゃん!」

「そーだそーだ!」


振り返ると自転車の小学生が三人いた。

ブランド物の服はなんだかよく分からない色で汚れていて、自転車は何度も転んだのかカゴがへこんでいる。

よく見ればお揃いのヘルメットをかぶっていて、私の後輩だと分かった。

全体に大声でセミが何匹か驚いて飛んでいく。

美容院で切ったであろう髪は汗だくで、乱れに乱れていた。


26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 15:11:12.75 ID:6+uytdYn0

「…………」

おっといけない、じっと見すぎたようだ。

不審な目で見られてしまった。

「あ、あははー……」

笑ってごまかしながら話しかける。

「ここ、よく来るのかな?」

「…………」


く……。

知らない人に話し掛けられても返事をしないこの子たちは、大人の話を聞くいい子なのだろうけど。

なんか……ちょっと……ねぇ?

一抹の寂しさを覚えないでもないです。はい。


28: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 15:16:17.33 ID:6+uytdYn0

「お姉ちゃん、誰?」

一番からだの大きい子が警戒しながら返事をしてくれた。

「えとね、私もこの学校に通ってたんだよ」

「ふーん……」


興味がないことをこれっぽっちも隠さずに生返事されてしまった。

わかりやすいというか素直と言うか。

プロデューサーさんにもこういうところがあったりする。


「それでここもよく来てて、ちょっと懐かしくなったもんだから……」

「うん……」

気まずい。物凄く気まずい。

「こ、こういうの知ってるかな?」

とっさに私は小学校時代に培った無駄知識を披露した。

水あめの上手な混ぜ方、美味しいお菓子の組み合わせ、
学校で水鉄砲をするときの戦略、クジの当たりが入りやすい場所などなど。

海馬を全力で刺激して思い出す端から後輩に伝授していった。


29: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 15:21:42.32 ID:6+uytdYn0

「それでそれで!?」
「すっげー! オレそれやってみる!」
「おい、他のやつには言うなよ!」


助かった。

不審者扱いで通報されるとは思ってなかったけど、子供に避けられるのはやっぱり辛い。

「うん、それじゃあそろそろ行くね?」

「「「えー!!」」」


別れを惜しまれるのは素直に嬉しかった。

「ごめんね、行かなくちゃいけない時間だから……」

そろそろ駅に向かわないと間に合わないだろう。

「はいはい、あんたらお姉ちゃんにお礼を言ったのかい?」

おばあちゃんがいつの間にか外に出ていた。
立っていると、ずいぶん小さくなっちゃったな、と思う。

「う……、あ、ありがとうございました!」
「「ありがとうございました!!」」

給食の挨拶みたいに声をそろえてお辞儀。
うん、やっぱりいい子達だった。


30: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 15:26:05.04 ID:6+uytdYn0

「ありがとうね」

「いえ、別に……」


私の知識も基本受け売りでしかないのに、こんなに感謝されては照れくさくてかなわない。

早々に立ち去ろうと自転車にまたがった。


「いつでもおいで、はるかちゃん」


「……え?」

自転車にまたがったまま振り返ると、おばあちゃんがゆっくりとお店に入っていくところだった。

ポリポリと頭を掻く。

カキ氷で冷えた体はとっくに温まっていた。


「また来てくれる……?」

そっぽを向いたまま男の子が聞いてきた。

「うん!」

私はニっと笑ってVサインを決めた。


32: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 15:30:07.86 ID:6+uytdYn0

「やったー!」

跳ね上がって喜ぶ彼らの目はすごく輝いていて、小さかった頃の友達をたくさん思い出した。


ニコニコしながら自転車を漕ぎ出す。

風がうねり、熱が跳ねて、自転車のベルを鳴らした。

シャーシャー、とタイヤかチェーンかわからないけど軽快なリズムだ。

授業がないおかげで空っぽのカバンからは筆箱のダンスがカタコトカタコト。

その隣で飴玉がカラコロカラコロと涼しげに笑っていた。



「いやっほー!」

懐かしい景色が背後に溶けて流れだす。

それがすっかり見慣れた景色に変わっても、私の駄菓子屋さんは少しも変わらなかった。




おしまい


33: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/08/02(木) 15:30:54.04 ID:6+uytdYn0

ありがとうございました

最近春香さん成分が足りてないなぁ……と思ったんですけどちょっと地味過ぎましたね

次はゾンビを射殺する話にしようと思います





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